【トークイベント(2025.5.14)】質問(コメント)と 回答 9〜12

 

【質問(コメント)9】 近年、建築において空間論は避けられる傾向があると述べられていたが、空間論がなくなることはないのではないか?

【回答】 建築で空間が論じられなくなった理由は、大きく二つあると考える。一つは「空間が問題だ」と言われ始めてから半世紀ほどが経つと、空間は身近な「当たり前のもの」だと考えられるようになり、専門的に論じる意味が感じられなくなってきた。もう一つは、主に1980年代頃、専門的な空間論がかなり「難解なもの」となり、現実の建築との結びつきがわかりにくくなった(たとえば本書で取り上げているノルベルク=シュルツや原広司の理論など)。

この二つの傾向が結びつくと、建築家は「空間」という言葉を使えば何となく「高尚」な雰囲気を出すことができる一方で、それに対して「よくわからない言葉でごまかそうとしているのではないか」という不信感も生まれてくる(本書で紹介した松村秀一の言説[2016]など)。

このような20世紀末頃からの状況は、空間の本来の意味を考えられなくなる危険性があると考える。本書の目的の一つには、そのような状況に警鐘を鳴らしたかったということがある。

しかし一方で、空間の本来の意義、技術が切り開く可能性、尽きるはずのない欲望、などを考えると、空間に関する議論がなくなることは確かにないかもしれない。どうであろうか。

 

【質問(コメント)10】 パンテオン(ローマ)の説明において、上部の「囲いモチーフ」と下部の「支えモチーフ」との関係性について述べられていたが、それは「天と地」のイメージと関係すると考えられるか?

パンテオン(ローマ、2世紀)

【回答】「天と地」のイメージが難しいため答えにくいが、直観的には関係するはずだと思う。つまり「囲いモチーフ」は「天」、「支えモチーフ」は「大地」のイメージと関係していると思う。その「天」と「地」が関わるところに「神秘的な存在」と「人間」が動きうる混成空間が捉えられるという構成には、ある種、人間の根源的な世界観が表れていると思う。重要な問題だと思うので、ぜひ継続して考えていただきたい。

 

【質問(コメント)11】 建築の歴史のなかで「異質なふるまい者の共存または距離感が捉えられる空間」の表現が追求されてきたとすると、茶室はどのように考えられるか?

大徳寺高桐院の松向軒(17世紀前半)

【回答】 茶室においても「異質なふるまい者の共存または距離感が捉えられる空間」の表現が追求されていたと思う。今回の発表では触れなかったが、本では、床の間の発生などと絡めて少し触れている。とくに千利休が完成させたと言われる草庵茶室では、二畳や三畳という極小の面積のなかに、床の間、掛込天井(一部が斜めになっている天井)、多くの窓(障子)、ユニークな素材などによって、さまざまな「異質な者の気配」が暗示されていると思われる。そのような場所で、時に対立する人々(武士など)が出会い、共に茶を飲むことには、「異質なふるまい者との共存」を感じることによって人間同士の距離感を相対化する効果も期待されていたのではないだろうか。

 

【質問(コメント)12】 ヴェネツィア・ビエンナーレ彫刻庭園では、トップライト、柱、ベンチ、池が組み合わさって人を引きつける場所がデザインされているところがある、と述べられていた。それは、たとえば単独で魅力的な窓があることとどう違うか?

ヴェネツィア・ビエンナーレ 彫刻庭園(スカルパ 1952) 柱まわりの様子

【回答】 窓が魅力的であることを空間論的に考えると、それは「むこう」を示すとともに、その「まわり(こちら)」にも居場所を浮かびあがらせるため、その変移(行き来)が魅力として感じられる、と言うことができる。そのように、窓はそれ自体でも空間変移を演出する建築表現の重要な要素である。一方、スカルパがデザインしたヴェネツィア・ビエンナーレ彫刻庭園の例では、トップライト、柱、ベンチ、池が組み合わさることによって、それぞれの要素が単独で居場所を示すこと(トップライトの下、柱のまわり、ベンチ、池のそばなど)に加えて、一体としても居場所を示すことで、より複雑な「まわり」と「むこう」のあいだの変移が生じると考えられる。

このように、たとえば窓、柱、ベンチのような建築の要素は、単独でも組み合わせでも魅力を感じさせるものであり得るが(どちらが良いというわけではない)、その魅力には空間変移という共通の原理が関係しているかもしれない、という視点を少し持って、身の回りのものを観察してくれたら嬉しい。

 

 

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