『物と経験のあいだ——カルロ・スカルパの建築空間から』(みすず書房、2024)は、当初からベルクソンの時間論の影響を受けていると思っていたのですが、関係を明確に示すことができなかったため、本のなかでは触れませんでした。今回、平井靖史著『世界は時間でできている——ベルクソン時間哲学入門』(青土社、2022)を読んで感銘を受け、空間論と時間論の接点とともに、ベルクソンの「自由」を現代に活かす必要性について考えました。以下の目次からご覧いただけると幸いです(noteのリンクが開きます)。
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(0)はじめに
-『世界は時間でできている——ベルクソン時間哲学入門』から受けた衝撃
– この本を読んだ理由
– 4つの観点から
(1)時間と空間の類似性
–「序章 時間哲学入門——計測の時間と体験の時間」 より
– 建築空間論における「計測」と「体験」の問題
-「空間と時間」か、「等質と異質」か
(2)物質から感覚が生まれる「凝縮」とその波及力
1
-「凝縮説」が第1章で扱われることの驚き
-「凝縮説」の難しさ
2
– マルチ時間スケール(MTS)
– 時間の多層構造から感覚や意識が生まれる?
– 赤色と青色の違い
– 凝縮説の波及力
– 音楽を聴く体験で考えると
3
– 時間の「遅延」という進化
-「凝縮」の後に起こった「弛緩」
-「空間の体験」にどう関係するか?
– それは既に起こったと共に、まだ終わっていない
(3)空間について
1
– もう一つの記憶:運動記憶
– 生物と環境の相互作用からつくられる「地形」
– 遠隔知覚による空間の開かれ
-「どこまでも広がる空間」は既にあったか?
2
– 生物が空間を定義する
-「距離」と「類似」が定義されるとは?
– ベルクソンが考える知覚空間—まとめ
– 眼の誕生によって起こった大転換
– 多数の他者との遭遇
– 5億年の知覚空間と数百年の等質空間
– 知覚と計測にまたがる建築空間の可能性
3
– 運動記憶と拡張記憶の「掛け合わせ」
– 記憶の掛け合わせが見られる建築空間とは?
– 傑作は主観か? 客観か?
– 体験の「問い」と 計測の「答え」
4
-『物と経験のあいだ』で述べた空間のしくみ
– 建築空間の定義
– 3つの空間図式 ——「まわり」「なか」「むこう」
-「こんな単純なわけがない」
– なぜ「むこう」がセットになるのか?
– 同じものが異なるものになる
5
-「まわり」「なか」「むこう」 のあいだの変移
-《穴》—— 体験者の移動にともなって「むこう」が変わる
-《群》—— 「類似」の定義によって変移が生じる
– 空間の図式と変移の一体化 (仮説)
– やはり、それは既に起こったと共に、まだ終わっていない
(4)時間の自由、空間の出会い
1
– 時間哲学と建築空間論は接続されたか?
– 現代にどう活かされるか?
-〈1〉時間論から見た「自由」
– ベルクソンが考える自由
2
– 強い拡張記憶の作動
– 自由のハードルと、自由にとっての脅威
– 自由を受け入れるのは誰か?
3
-〈2〉空間論から見た「不自由」
– 空間のストレス
-「計測の空間」と「等質空間」の発明
– なぜ等質性が自由を損なうのか
– 私たちはなぜ画面を好むのか
– 四重の「防壁」: 計測✕等質✕画面✕機械
4
– 自由のハードルを下げる必要性
-「強い自由」と「弱い自由」
– 身体を疎外する現代社会の傾向
-「弱い自由」を感じる方法
-「時間の空間化」と「空間の時間化」