【建築の力とは何だろう】0. 建築から空間を考えることを何とか押し進めたい理由

空間に関する認識に対して、建築家の出番がなくなっていいのか。… こと空間に建築が関与しようとするならば、情報の問題とかもあるけれども、都市の問題も含めて空間のことには言及するぞと。建築家が、あるいは大学が、建築には何か言うぞと。世界の成り立ちというか、空間に関して言うぞと。そういうことがなければならない」(原広司 *1)

「僕はもともと空間というのは、いわゆる人間学の領域というのを考えていて、人間が感覚として感知したものが空間、建築空間であるという定義でずっとやってきました。つまり、身体がある限りで空間はあると。だから、みんなちがう空間を持っている、生きている」(磯崎新 *2)

「僕の場合、はっきりしているのは空間の問題です。… 僕自身『漂うモダニズム』で論じているのは、人間が最初にあり、その関わり合いとしての空間がいろいろなレベルで重要な問題になっているということです。建築も都市もシェアしているのは具体的な空間です。それから政治、たとえばクリミアの問題も空間の話だと思います」(槇文彦 *3)

————————
本サイトは、「建築」「空間」、そしてそれらについて説明する「言葉(理論)」について考えることを目的としています。それは、「建築」の可能性を考えるためには、それが私たちにどんな影響をおよぼすのかを伝える「言葉(理論)」が大切であり、そのときにポイントとなるのが「空間」である、と思うからです。

「空間」という言葉はとても広い意味を持っていますが、ここではそれを「建築」との関係から考えたいと思います。しかし、それは考える対象を「建築」に限定したいということではなく、むしろ、「建築」をきっかけに「空間」の可能性を考えたいというのが本音です。これは大それた本音です。しかし、このようなことを何とか押し進めたいと思う個人的な理由が二つあります。

 

一つは、T_ADS(東京大学建築学専攻 Advanced Design Studies)で、シンポジウム「これからの建築理論」の開催(2013年12月)と、その後の出版にいたる作業を行ったことです。なぜ建築家の原広司は、1987年に「21世紀には、建築をはじめとする芸術は、哲学にとって替る。なぜかといえば21世紀が、〈空間の時代〉であるからだ」(*4)と高々と宣言したのに、2014年には「現在、建築とは何かということを、そうとう武装しなければいけない時期なんだけど、気がついてない。気がつかないというか、もうすでに建築は負けた、譲った、という感じもする」(*5)と敗北宣言のようなことを言うにいたったのか。『これからの建築理論』では、このような問題意識が一部の建築家や研究者のあいだで共有されていることが浮かび上がったと思いますが、このような問題意識に私が共感したならば、それをどう引き継ぐことができるのか。

もう一つの私自身の背景は、20世紀イタリアの建築家カルロ・スカルパ(1906~1978)の建築作品を集中的に見る機会を得て、その経験的特徴を示すための論文を書いたことです(2013年12月)。実は、この論文の構想段階では、私は「空間」という言葉を使いたくないと考えていました。それは、「空間」という言葉は厳密でなく、何となくわかったような表現になってしまうと思っていたからです。しかし、いくつかの建築理論を読むうち、そこで提案されている「空間」概念こそ私たちの経験を豊かにする鍵であり、これをわかりやすく示す必要がある、と思うようになりました。
この論文は本サイト内で公開していますが、建築作品をマニアックに分析したもので、読むのは骨が折れると思います。本サイトは、その内容を一般にわかりやすく示すことも目的にしています。)

これら二つの出来事は、私個人としては望んでもできないような機会が訪れた重大なことであり、そこで得たものを何とかして伝える責務があると感じています。つまり、ここで伝えたいことは、すでにある理論や建築から読み取られたものであり、私はそれを何とか整理して伝えたいと思っているに過ぎません。(しかし、その読み取りの責任は私にあります)

したがって、本サイトは参照文献や参照作品を適宜提示しなければならないものですが、現実的にはそれをもれなく確認することも相当な時間のかかる作業であるため、ここではまず伝えたい内容をわかりやすく示すことを優先し、参考文献などの情報は随時更新いたします。なおその際には、関連が後から読み取られた新しい文献や作品なども追記したいと思います。

————————
*1 『T_ADS TEXTS01 これからの建築理論』東京大学出版会、2014年、36-37頁。
*2 同上、42頁。
*3 同上、71頁。
*4 原広司『空間〈機能から様相へ〉』岩波現代文庫、2007(原著1987)年、 5 頁。
*5 『T_ADS TEXTS01 これからの建築理論』東京大学出版会、2014年、124頁。