展示会『カプセルタワーのメタボリズム(新陳代謝)2018』報告

 
東京理科大学工学部建築学科「建築・都市設計」リノベーション・スタジオ展示会『カプセルタワー のメタボリズム(新陳代謝)2018』は、短い告知期間と限られた観覧時間にもかかわらず、カプセルタワービルに対する関心の高さから大勢の方に申し込みいただき、展示開始前に全回予約満了となりました。ご来場いただいた方々に心より感謝申し上げます。
 
展示会では、「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」(www.nakagincapsuletower.com)のご厚意により、展示を行ったカプセルとは別の、保存状態のよいカプセルもご覧いただきました。正直に言いますと、ご来場される方々の第一の目的は実物のカプセルを見学されることだと思っていましたので、当初は学生作品の説明は形式的に、と考えていました。しかし、実際に学生作品を見ていただくと、私の予想以上に真剣に私や学生の話を聞いてくださる方がほとんどで、共感してくださる方もいらっしゃったと感じました。私自身、多くの方々とお話したことで気づいたことが多く、ここで今回の展示会について簡単にまとめておきたいと思います。
 
 

「保存」・「再開発(新築)」・「再活用(リノベーション)」

今回の展示会では、カプセルタワービルの単なる「保存」でも「再開発」でもなく、「再活用」の提案を行いました。このように既存建物に対して「保存」「再開発」「再活用」という3つの方法を並べる考え方は、東京大学建築学科の加藤耕一教授が示した「既存建物に対する三つの態度」(『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』東京大学出版会、2017年)をもとにしています。そこでは、既存建物を「保存するか、再開発するか」という二項対立的な構図は、実は19世紀から20世紀にかけての圧倒的な成長時代における対立軸であり、建築の長い歴史から見れば「再利用(リノベーション)」も本質的な建築行為であることが述べられています。この考え方をもとに今回の課題では、カプセルタワービルを「保存するか、再開発するか」という現実の切羽詰まった議論のなかで、「再活用する」という選択肢がもちうる可能性について考えたいと思いました。
 
設計課題を通して学生に求めたことは、①「再活用」を行う根拠(課題と目標)を述べることと、②自分が設定した課題に応えるだけでなく、感覚的にも納得できる「かたち」を探すこと、の大きく2つでした。この2つは、ある意味で、どんな設計でも考えられるべき当然のことですが、とくに「リノベーション」においては、②の「かたち」を意識することが重要だと思っています。なぜなら、「保存」と「再開発(新築)」における①「根拠」は、一般に「リノベーション」の根拠よりも明確でわかりやすく(「保存」ならば歴史的価値や愛着、「再開発」ならぱ単純な経済原理や自由度の高さ)、いくらリノベーションも選択肢だと主張しても、それだけでは実際に選択されることは難しいからです。既存建物に保存するだけの価値が認められ、一方で再開発(新築)することに経済的メリットがあるという場合、リノベーションの根拠を主張するだけでは「保存」と「再開発」の妥協案にしかなりません(「価値を残しながら自由度を高めます」、「経済原理にのっとりながら記憶を残します」のように)。
 
実際、「リノベーション」は「保存」と「再開発」の妥協案、消極的選択肢にしかならないのか? これに「否」と言うためには、②の「かたち」に説得力を持たせる必要があります。つまり「リノベーション」によって実現されるかたちには、「保存」でも「再開発」でも成されない別の価値がある、と認められなければならない。これを検証することが、今回の学生たちに求められたことでした。
 

何が人々をワクワクさせる=動きやすくするのか?

事実、学生たちは、既存建物を見学し、その歴史背景を調べるとともに、現状の問題を理解し、それを現在の「技術」・「都市的コンテクスト」・「これからの生活スタイル」などと考え合わせることによって、「根拠」を示すことは比較的容易に行うことができました。そして問題は、その「根拠」に応えるだけでは決まらない「かたち」をどう判断するか、になったわけです。
 
これを学生たちと議論した結果が今回の展示会だったのですが、展示会に来ていただいた方々と話しながら振り返って気づいたことは、リノベーションの「かたち」は、「既存のものに何かを付け加える」、「既存の一部を新しくする」という状態ではイマイチで、「既存の何かがはっきり残っていながら、ある意味で全面的に新しくなっている」、あるいは、「ひとつの建築が、見方によっては元からあるものであり、見方によっては新しいものである」というように、複数の異なる(主には新旧の)イメージを共存させ、行き来させるとき、「保存」にも「再開発」にもないワクワク感=動きやすさを感じさせるのではないか、ということです(これは、カルロ・スカルパのリノベーション作品にも感じたことです. 参考)。
 
具体的には今回は、カプセルの単位、スパイラル状の組み方、整列とズレのバランス、二本のタワーによる対称性と非対称性の関係、全体のシルエット、「メタボリズム(更新されるもの)」としての表現などを継承、あるいは考慮しながら、これからの多様な都市生活を想定した構想を行ったと考えています。いま挙げたような「かたち」は、建物の歴史的価値や経済的価値のように強い納得感を人に与えるものではありませんし、それを考慮することが「正解」だと言えるものでもありませんが、検討を重ねるなかで、これら自体も人の感覚に働きかけて人を動きやすくさせる要因になっているのではないか、と後から気づいたものです。
 
このように、強い説得力を持つわけではなく、ことによると「どうでもいい」と思われるかもしれない「かたち」の知恵を読み取り、応用することによって、人々をワクワクさせる=動きやすくすることが建築デザインの一つの役目だと私は考えていますが、今回の展示会では、実際、多くの方々がオリジナルのカプセルタワーの「かたち」に共感されている様がわかり、その力を改めて認識しました。

人々を刺激するカプセルタワーの力

繰り返しますが、今回のスタジオで提示した「かたち」が「正解」だというつもりはありませんし、そもそも「かたち」に固定できる「正解」があるとも思いません。今回の展示会に来ていただいた黒川未来夫さん(黒川紀章のご子息で、実際にカプセルタワーの保存案を検討されている方)から、「私としては、コアだけが残って、カプセルのデザインはみんながもっと自由に考えてくれればいいとも思っている」と聞いたときは、確かにそのような前提に立てばもっといろんな「かたち」が考えられる、とカプセルタワービルの潜在力を改めて感じました。
 
現在、カプセルタワービルは、取り壊すか否かで大きく揺れています。様々な要因が絡むため簡単に口出しのできる問題ではありませんが、今回の展示を通じて、少しでも多くの方にこの建物固有の魅力が伝わることを願っています。
一度壊してしまったものを元に戻すことはできません。人間の力は「壊すことができること」ではなく、「残したいものを判断し、それを活かすことができること」だと思います。多くの人々の知恵が結集され、この建物が残され、都市の魅力に貢献することを願って止みません。
 
最後に、課題を監修していただき展示会の開催を強力に後押ししていただいた宇野求先生、スタジオのTA(ティーチング・アシスタント)で学生案のプレゼンレベルを格段に上げてくれた穂積沙甫君、課題の趣旨を理解して(くれたと思っていますが…)多様な案を制作してくれたスタジオの学生のみんな、そして、課題のスタートの見学会から展示会まで多大なご協力をいただいた「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」の前田達之さんに、心より感謝いたします。